クバ布はアフリカ大陸の中央に位置するコンゴ民主共和国の内陸にあるクバ王国とよばれる勢力の影響が及ぶ地域で生産されています。 そこではジャングルと広大な草原に囲まれ、たどり着くのが容易ではなかったこともあり、独自の文化が形成されました。
その独自性は家具や装飾品などの工芸品にも感じられ、中でもクバ布はその謎めいた幾何学模様の美しさから世界中にファンが存在し、 マティスやクレー、ピカソらの芸術にも影響を与えたと言われるアフリカを代表するテキスタイルです。 中でもマティスは「赤い室内、青いテーブルの上の静物」という作品において影響がはっきり伺えます。 コレクターとしても有名で彼のアトリエの壁にはクバ布が何枚も飾られていました。
今回はそんなクバ布のルーツを探りつつその魅力に迫ります。
クバ布の生産国であるコンゴ民主共和国は、旧国名はザイールといい、モハメド・アリとジョージ・フォアマンの「キンシャサの奇跡」と呼ばれるボクシングマッチや、ボノボやオカピなどの野生動物、広大な国土と豊富な資源で知られる国です。
政情不安が続く国ではありますが、リンガラやベンダ・ビリリなどの名が挙がる音楽が有名で、旧ベルギー領であることから豊富なビールの種類を揃える国でもあります。 また、キフェベマスクやクバマスクなど世界中にコレクターのいる工芸品も存在します。
テキスタイルもコンゴ民主共和国全域で様々な技法のものが隆盛しました。中でも内陸部のクバ王国周辺では外部からの侵入が19世紀末まで難しかったこともあり、類をみない布文化を形成するに至りました。 今日でも、比較的隔離された地域であることや国の政情不安、そしてそれらに起因する外国人訪問者の少なさもあり独特の文化が保たれています。
クバ王国ではラフィア椰子の葉の繊維で衣装を作る文化が根付いています。 王国内にはいくつかの人種が混在していて、「クバ布」と通称される布は大きく「ショワ(Showa)」と「ブショング(Bushong)」の二種類に分けられます。
ショワやブショングはクバ王国を形成する人々の名前で、どちらが作る布も独特の幾何学模様が目を引きます。 ショワ人が作るクバ布は草ビロードと呼ばれ、ベースのラフィア椰子の葉の布に刺繍を施してデザインされます。 ブショング人が作り出す布はアップリケと呼ばれるパッチワークのような飾り付けが特徴です。
王の村にも住むブショング人はクバ王国の中心となる人々で、彼らは王など地位の高い人の死装束を作ってきたことで、高い芸術性をもった布を作り出したとも考えられています。 現代では外部への販売用として作られる布も増えましたが、そういったものからもクバのクリエイティビティや伝統を存分に感じることができます。
クバ王国の北側、サンクル川近くに住むショワの人々が作る「草ビロード」と呼ばれる布。男性が織ったラフィア椰子の葉の布に、女性が一か月以上かけ刺繍を施して作られます。 刺繍が作り出す多様な文様は動物や、雷などの自然現象など、生活の中で関わりをもつ身近なものをモチーフとしてその名前がつけられ繰り返し使われています。 文様を同じ布の中でも繰り返し使うことである一定の規則性が生まれますが、文様自体の解釈やそれにまつわる説話は人によってしばしばバラバラです。 無数の文様の組み合わせと規則性、そこからの逸脱、複雑に入り組むストーリー、そういったものを一緒くたにしたところがショワの布、「草ビロード」の不思議な魅力といえます。
クバ王国の中心をなすブショングの人々が作る布。ベースの布にアップリケを施して作られます。 柄は矢印や円、ブーメランのような形や迷路のような図柄もあります。色はラフィアのナチュラルカラーと現地で手に入る主に草木を原料に構成します。 子安貝やビーズを一緒に刺繍したものなど素材のバリエーションや組み込み方は豊富です。 ブショングの布は主に巻きスカートとして身に着けるように細長く作られます。女性が纏うンチャク(Ntchak)と、男性が纏うマフェル(Mafel)があります。 マフェルは身に纒う人や死者の地位や力を表すとも言われており、絞り、パッチワーク、刺繍、周囲のポンポンなど様々な技法を組み合わせゴージャスな一枚に仕上げられます。
ショワもブショングもベースとなるラフィア椰子の葉の布を織り、そこに刺繍やアップリケで飾り付けることで作られます。 ラフィア椰子を育てるのとそのから布を織るのは男性の仕事、刺繍など飾り付けをするのは女性の仕事です。 男性が織った布を叩いて柔らかくし、そこから女性が装飾していきます。
装飾は予め緻密にデザインされたものをベースに、そこから即興的に少しづつ作りあげていきます。 母系社会のクバ王国のある地域ではデザインや規格を統括する長老的な女性もいるそうです。 場合によってはデザインに1年から2年かけることもあります。
ブショングのアップリケはもともと布を柔らかくするときに叩くことで開いてしまった穴の補修としてはじまったのではないかいう説もあります。 そこだけパッチをあてると不細工になるため、全体にも飾り付けとして広げたのではないかということです。
ショワの布は一枚縫い上げるには1か月ぐらいかかります。布の繊維を斜めに横切って規則的に刺繍していくことから始まり、作り手の創造性に任せ徐々に規則性から外れていきます。
どちらの布も上質のものは計算されたディテールと即興性が同時にバランス良く存在する芸術品といえます。
現在ではインテリアやものづくりの素材として世界に幅広く紹介されているクバ布ですが、 クバ王国では伝統的に子どもの誕生時の飾り付けや、結納の品、重要な地位についた証としてなど、様々なシーン登場し、 家族の財産として代々受け継がれてきました。そして、そういった儀式の際にダンスの衣装として着用されました。 その中でも、特に品質の高いものは故人の業績や富、地位をたたえるための埋葬品や死装束として作られてきました。 葬儀は人生最後の華やかな場と位置づけられ、そして死後の世界ではしっかりとしたクオリティの布を纏っていないと先祖に認められないとも信じられています。
衣装以外に目を向けると、クバ布に見られる文様は建造物の装飾に使われたり、タトゥーとして身体に直接彫られたりもしました。 また、ベースとなるラフィア椰子の葉で織った布自体は子安貝に代わる通貨としても使われていたこともありました。
もともとは妊娠した女性が家にこもり黙々と刺繍していたものとも言われるショワの布。ゆったりとした時間の中でひとつひとつ目を拾い、何日もかけて作る姿が想像できます。 途中から模様が変わるのは少し進めてはしばらく置き、また製作するという作業を繰り返すこともあるためです。
ショワの草ビロードに見られる、もこもことした立体的なテクスチャーは細かくほぐした糸の束を突起させ、その先をカットする技法で作られています。
上下左右どっちに向けても様になるショワの布ですが実は向きがあります。刺繍のスタートは布地の経糸と緯糸を一列ずつ跨いで綺麗な三角形を作ることから。 作業を進めるうちに柄は変容していきます。
文様は身近なものや現象をモチーフとし抽象化して布に落とし込まれます。 また、代々受け継がれてきたものもたくさんあり、シンプルなものから難解なものまでいろいろです。
格子をベースに幾何学模様が美しく配置されつつも、自由度の高さも伺えるブショング。ブショングは主にアップリケでデザインされます。
子安貝があしらわれ、より立体的にデザインされた華やかな印象のブショング。 ベースとなるラフィアの布も子安貝も貨幣として使われた歴史があります。 ビーズや別の布が使われていたりと、素材の組み合わせの面白さもブショングの特徴です。
ブショングの中でも男性が身に纏うマフェルという布はポンポンなどが付けられより豪華な印象のものが多いです。
現地で手に入る草木や泥を元に絞り染めにしたブショング。想像以上に使われている色も豊富です。
クバ布の歴史や文化にほんの一部ですが触れてみました。
布以外でも、クバの人々は家具や食器など日用品から建造物までデザインにこだわりがあります。 子どもたちも抽象画やパターンを地面に描くことを遊びとしているそうです。 また、新しいデザインを作り出すことは歴代の王の資質の一つとされていました。 こういった文化が代々受け継がれることになる様々な文様を作りだし、それらを組み合わせたクバ布が形作られました。 そして、磨き上げられたクバの伝統とクリエイティビティは19世紀後半以降、ヨーロッパを中心に多くの芸術家にも影響を与えました。
アフリカ中央部専門のベルギー人歴史家、ジャン・ヴァンシナはこんな記録を発見したと報告しています。
「1920年代に当時の新型バイクとともにクバの地を訪れた宣教師によると、その地の人々はバイクそのものには興味を示さなかったが、 それがつくる轍の模様にはすごく興味を持った。」
そんなデザインにこだわり続ける王国の伝統の一片を日々の生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。 わたしたちが一枚のクバ布のもつ意味を理解するのは、無数にある文様の組み合わせや解釈の方法、制作時の即興性から難しいと思います。 それゆえに、クバ布はこちらも想像力を広げて楽しむものと言えます。 インテリアに、ものづくりに、色々とアレンジして、調和しながらも規制に縛られない自分だけの一品として永くお楽しみいただけると思います。
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